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東京高等裁判所 昭和27年(う)615号 判決 1953年4月06日

控訴人 被告人 古江雄吉 池田通頼

弁護人 牧瀬幸 外二名

検察官 大越正蔵 田中良人

主文

原判決中被告人古江雄吉、同池田通頼に関する部分を破棄する。

被告人古江雄吉、同池田通頼は孰れも無罪。

理由

本件控訴の趣意は、末尾添附の別紙(被告人古江雄吉の弁護人牧瀬幸、被告人池田通頼の弁護人石川勲蔵、同高橋諦各作成名義の控訴趣意書と題する参通の書面)記載のとおりであるが、これに対し当裁判所は、原判決がその示すところの各事実の順序に従い各弁護人所論の争点につき左のとおり判断をする。

原判示第三の事実について。

被告人等の謀議に基づき、原判示日時頃、肥料配給公団令に認められた政府職員の給与及び公団役職員としての手当以外の特例の給与として違法に貸金等の名目をもつて被告人等を含む原判示公団役職員全部に対し、原判示公団資金を分配支出したことは、原判決挙示の証拠によつてこれを認め得るに充分であるが、記録及び当審事実取調の結果に徴し、各般の事情を綜合考察するときはその支出分配は、真に止むを得ざるに出でた犯罪責任なき所為と言わざるを得ない。すなわち、敗戦の結果重要な我国食糧の補給源をなしていた朝鮮、台湾等の領土を失うに至つた我国八千万国民を養うべき食糧の確保としてのその増産は、敗戦後における我国の最も重要喫緊な課題に属し、肥料配給公団はこれに必要欠くべからざる肥料の配給業務を一手に担当し、適時適正にして迅速なこれが完全配給は、右公団業務目的の本質を為していたのであるが、元来民間出身者をもつて占めていた肥料配給公団の職員達は、公務員たるの身分を有するに至つて、前職より遙かに減少した処遇に不満を感じていたのみならず、公団は一両年にして当然解散さるべき運命にあつて、退職金給与の確固たる見透しもなく、徒らに解散退職後の生活不安に襲われ、而もインフレ昂進による賃金と生活費との不均衡による生活困難のさなかに在つて、広汎な地域に亘る全国六百二十万農家の各門戸まで運搬しての看貰配給、GHQ当局からの再三に亘る厳達による二十四時間内に限つた緊急配給業務及びこれらに随伴する幾多業務の困難にも拘らず、GHQ当局の指示によりその増員を期待し得べくもない程度に不足した人員をもつて、公団の業務本来の目的使命を自覚して、当時長時間乃至は徹夜に亘る労務に及ぶ限りの忍従をもつて献身していたものの、当時の過激な思想情勢とも絡み合い、昭和二十三年六月の肥料配給公団門司支部における労働組合のストライキ態勢の突入は、全国に亘る労組員の鬱積せる不満爆発の契機となり、給与ベース改訂、退職金確保、生活補給金、寒冷地手当、越冬資金等の要求を掲げた公団における労働攻勢は次第に熾烈を加え、同年九月には、政令違反をも敢て辞さない真剣な要求貫徹を期した札幌における職員の職場放棄、(現にそのため犯罪者まで出した)同二十四年十二月のハンガーストライキ等当時全国に跨がる公団労組員の同盟罷業、サボタージュ、公団本部への送金拒否等の強硬手段に訴えまじき気勢は、実にその実現の寸前にあつて、これが要求に応じないときは、ストライキ突入による前示重大使命を担う公団業務の阻害は計り知るべからざるものあるの危機に直面するの頻度は遂に座視するを忍び得ざるに至つた。その間被告人等公団幹部は、予算に拘束されて真実の超過勤務手当の支給すら僅かにその数十分の一を支給されるにすぎなかつた等寧ろ不当な労働条件下に忍従献身している前説示の如き憫諒すべき実情に照らし、その要求の洵に妥当なもののあるに思いを致し、農林省その他の関係当局に特例給与の認可を要請したが、その実質的な必要を認められてい乍ら、占領軍管理下にあつた当時の客観情勢は、遂にこれを容るるところとならず、それかといつて、逼迫せる再三の前示緊急の状態をそのまま放任するに忍びず、真に止むを得ざるの措置として、その支出操作において敢て不当なものあるを顧みず、貸付金等の名目をもつて原判示公団資金を公団の全職員に分配給与するの所為に出でたものであることが窺い得られる。而して、労組職員の労働において過激であつたことに相応し、業態の改善、目的の完遂等公団における各般の業務に率先推輓、日夜その労を惜しまなかつたことの窺われる被告人等においても、勿論残業乃至は超過勤務手当の支給を受けたこともなかつたのであつて、その本来一般職員に対する給与たるの性質上勢い本件金員の分配にあづかるに至つたこともまた洵にその故なしとしない。これを要するに、本件公団資金を擅に分配給与した所為において違法たるものあるを免かれないにしても、その所為は、寧ろ公団業務の円滑な運営上真に止むを得ざるに出でたものに係かり、当時同じくその衝に当る他の通常人においても、これが違法な所為を避け、他に適法な所為に出づべきことは到底期待し得ざりし事情にあつたものと言うべく、従つて社会一般の道義の上において非難のできない真に止むを得ざるに出でた犯罪責任なき所為であつて法律上罪とならないものと言わざるを得ない。されば、原審が、この点を看過し、敢て本件所為につき、刑法第二百五十三条所定の業務上横領の罪をもつて問擬したことは、究極において法令の適用を誤まりたるに帰し、その誤が原判決に影響を及ぼすべきことも又自づから明らかであるから原判決はこの点においてもその破棄を免かれない。本件各所論中右と同趣旨に出てた主張は、理由がある。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 小中公毅 判事 鈴木勇 判事 河原徳治)

弁護人高橋諦の控訴趣意

第一原判決は事実を誤認した。

二、判決理由第三の特別給与金一億八千三百余万円支払につき池田被告を共同正犯としたことは事実の誤認である。

(一)本件特別の給与は被告鈴鹿総裁、同古江副総裁及その他の理事を以て構成された理事会の決議に基いて支出が決定されたものであることは判決認定の通である。支出会計手続を分析すれば左の二段になる。1、債務負担行為(給与の決定、契約の締結)2、債務履行行為 正当債主に対する支払。公団資金の保管出納に関する最高責任者は総裁であることは公団令の規定に照らし明白である。公団の経理局長及経理局次長は経理事務を主掌する総裁の補助機関であるから他の部局長が債務負担行為を実行する場合、経理の立場からその当否を批判し、総裁の公団業務遂行に過誤なきを期する職責を負うものである。従つて通常の債務負担行為については他の部長と対等の立場においてその当否を批判し、不当の支払を拒否する権限と責務を有するのである。

(二)本件給与の支払はその都度総裁、副総裁及その他の理事を以つて構成された理事会の決議に基いて実行されたのである。本件給与が公団令に違反するものであることは総裁、副総裁及理事全員が之を知悉するのみならずその給与支払を要求した公団労働組合も亦之を知悉していたのである。本件給与は公団の最高意思機関たる理事会が、公団令違反の事実を知悉しながら敢て違法の支払を決定し、主管の人事部長に給与額を算定せしめた上、経理局長に対し所要資金の払出しを指令したものであつて、経理局長及経理局次長は本件給与の支払につきその当否を批判し得る余地はなかつたのである。

池田被告は理事ではない一職員であつたので理事会には出席しなかつた。理事会において資金の状況を聞かれることがあつても、その決議に参加し得ないことは勿論である。本件の場合理事会構成員の全部が公団令違反の事実を知悉しながら敢てその支払を決定したものであるから池田被告は給与の決定と云う債務負担行為には全く関与する余地がなく、且つ公団令違反を指摘してその決定を阻止する途もなかつたもので単に違法の決定に基く債務履行行為を総裁の補助機関として執行しなければならぬ立場に居たと云うだけである。本件給与の支払を決議した理事会構成員は総裁、副総裁を除き他の理事が起訴されることもなかつたのに一職員として理事会の決議を執行する補助者の地位にあつた池田被告が総裁、副総裁と共謀し、共同して横領を実行したと云うことは甚だ不当の認定と云わなければならぬ。

第二判決理由第三特別給与金支払の事実は緊急避難として無罪である。

前述の通特別給与金の支払は公団労働組合の熾烈な要求に基き総裁、副総裁及理事会員が公団事業遂行のため真に已むを得ないものと判断して、公団令違反の事実を知悉しながら之を決定したものである。一職員たる池田被告が職を賭してその支払を拒絶しても之を阻止することは到底不可能であつた。又当時の情勢において労働組合の力が著しく増大のときに不当給与の支払を有効に防止するため公団令違反の事実を公表し、或は監督官庁に申告して事態を紛糾せしめることは公団業務の運行を停止せしめ延いては肥料配給、食糧生産を妨害し国家的に大なる不利益を招く虞もあつたことは之を認めなければならぬ。若し池田被告が特別給与の支払に反対し完全に之を阻止しようとするには生命の危険を覚悟しなければならなかつたものと認められる。従つて少くとも当時の池田被告の地位においては理事会の決議を執行すること以外の他の行為を期待することは不可能であつて、結局池田被告の行為は緊急避難として無罪である。

弁護人石川勲蔵の控訴趣意

第一点法令違反

二、原判決は、第三 公団の職員を以て組織された公団労働組合はかねて公団幹部に対し生活補給金等の支給を執拗に要求していたのであるが昭和二十三年七月下旬前記の如く総裁に就任した被告人鈴鹿は総裁を最高責任者とし理事であつた被告人古江及びその他の理事を以て構成された理事会に諮りその支出操作等については前示の如く経理部、局長当時の被告人古江及び経理局次長乃至経理局長であつた被告人池田の意見を聴いた上公団資金中から貸付金等の名目で公団の本部及び札幌、東京、名古屋、大阪、門司の各支部を含む約四千五百名の役職員全部に対し公団令により認められた政府職員の給与及び公団役職員としての手当以外の特例の給与金を支給することに協議決定し茲に右被告人等共謀の上右の如く被告人等三名を含む公団役職員全部に対し擅に貸金等の名目で特例の給与金を支給するため別表記載の通り同被告人等が前示の如く業務上占有する公団資金で東京都内三和銀行神田支店等に預入れてあつた預金から昭和二十三年八月三十日頃から同二十五年三月三十日頃までの間十四回に亘り合計一億八千三百五万五千七百五十八円六十八銭を払出して夫々これを横領しその頃公団全役職員に分配支給したものであると認定し之が証拠として、判示第三の事実は一、被告人鈴鹿同古江及び池田の当公廷(昭和二十六年十月二十七日の第二十二回公判)における各供述 一、被告人鈴鹿の検察官に対する昭和二十五年八月三十日附及び同年九月十八日附各供述調書 一 被告人古江の検察官に対する同月二十八日附供述調書 一、被告人池田の検察官に対する同年九月七日附及び同年十二月二十六日附各供述調書 一、証人北村清八郎の当公廷(昭和二十六年五月十五日の第八回公判)における供述及び同公判調書末尾添附の同証人外八名作成に係る被告人鈴鹿同古江及び同池田三名連署の「人件費、外給与支給一覧表」と題する書面 一、証人伊藤欣三の当公廷における供述を綜合してこれを認めると列挙しありて前掲各証拠に依るも、被告人池田通頼が生活補給金等の支給につき之が支出操作を鈴鹿総裁及び古江副総裁又は公団理事会に対し意見を開陳したること公団令により認められた政府職員の給与及び公団役職員としての手当以外の特例の給与金を支給することにつき原審被告人鈴鹿和三郎被告人古江雄吉等と協議決定して共謀したること並に判示公団資金を被告人池田通頼が業務上占有し居りて之を横領したること等を認定し難く果して然らば原審裁判所は被告人池田通頼に対し有罪の言渡を為すべからざるに不拘同被告人に対し有罪の言渡を為したるは明に証拠に依らずして有罪の言渡を為したるものにして刑事訴訟法第三三五条に違反してゐる。

第二点事実の誤認

一、原判決は、第三 公団の職員を以て組織された公団労働組合はかねて公団幹部に対し生活補給金等の支給を執拗に要求していたのであるが昭和二十三年七月下旬前記の如く総裁に就任した被告人鈴鹿は総裁を最高責任者とし理事であつた被告人古江及びその他の理事を以つて構成された理事会に諮りその支出操作等については前示の如く経理部局長当時の被告人古江及び経理部局次長乃至経理局長であつた被告人池田の意見を聴いた上公団資金中から貸付金等の名目で公団の本部及び札幌、東京、名古屋、大阪、門司の各支部を含む約四千五百名の役職員全部に対し公団令により認められた政府職員の給与及び公団役職員としての手当以外の特例の給与金を支給することに協議決定し茲に右被告人等共謀の上右の如く被告人等三名を含む公団役職員全部に対し擅に貸金等の名目で特例の給与金を支給するため別表記載の通り同被告人等が前示の如く業務上占有する公団資金で東京都内三和銀行神田支店等に預入れてあつた預金から昭和二十三年八月三十日頃から同二十五年三月三十日頃までの間十四回に亘り合計一億八千三百五万五千七百五十八円六十八銭を払出して夫々これを横領しその頃公団全役職員に分配支給したものであると認定したるも、

(ホ)判示第三事実につき被告人池田通頼は原審被告人鈴鹿和三郎被告人古江雄吉等の指示命令通り判示金員の支払手続を為したるに止まり、当時の情勢上やむを得ざるものと思料し之が支払手続を為したるものにして全然之が違法であると言う認識は勿論不法領得の意思毛頭なく只公団の一職員として上司の命令を実行したことであります。公団における公団職員の給与の決定は公団の人事部の所管にて経理部の一職員たる池田被告の所管でないことは公団処務規程に依り明白であります。又池田被告は前述の如く公団の理事ではありませんからこの規定以外給与を現実に決定した理事会に出席する権利も義務もありません又出席して居りません、このことにつき池田被告は組合役員から相談を受けたこともありませんし、只総裁よりの命令を人事部長より伝達されて一職員としてそれにより送金等の手続を事務的に取扱つたまでであります。各支部長及び各支所長は池田被告と全く同様な金銭出納の権限を総裁より委任せられて居るので、各支部長及び各支所長が規定外の給与を支払うに際し、人事部長よりの伝達があれば池田被告よりの送金が絶体の要件ではありません。現に池田被告より送金到達前に支払い、又送金なしに支払い、後に本部へ付替へ整理したものもあります。官庁における支出官と資金前渡官吏との関係とは全く趣を異にして居ります。池田被告は公団本部に於て人事部給与課の領収書及び関係書類に依り伝票を発行し被給与者に領収印を徴し支払いましたもので一職員として人事部より送達された総裁の命令に服して支払手続をいたしたまでのことでありまして池田被告は当時の情勢上之を拒絶する事は到底出来はない状態にあつたのであります。

(ヘ)公団は急ごしらえの特殊の公法人でありまして発足当時は職員の採用並に資格審査、身分、給与の決定等に苦心いたし加之存立期間は壱ケ年と定められ居りまして昭和二十二年七月十五日設立当初よりインフレの昂進が募り生活は窮乏の一途を辿り労働組合の活動は俄然活溌となり遂に昭和二十三年一月頃より賃上要求が日一日と熾烈を極め同年八月頃当時の社会党内閣は公務員の給与ベース引上を断行する旨公言し公団に於ては労働組合の賃上闘争日毎に激化し何時にてもストライキ、サボタージュ等実力行為に出る態勢を整え鈴鹿総裁又は古江副総裁等に迫り居りたる為他の各公団総裁会議と申合せて同一態度をとるべく数次に亘り理事会を開き協議の結果、昭和二十三年八月頃より実施せらるべき見透しの下にベース引上相当額の前払を致すこととなり引続き昭和二十五年三月迄公団職員約四千五百人に対し一億八千三百五万五千七百五十八円六十八銭を支給いたしたるものでありまして池田被告は之が違法であると云う認識は勿論不法領得の意思等毛頭なかつたのであります。

加之原審証人西野延雄、同山田雅夫、同中山鶴一、同高柴三郎、同岡田憲、同植村修平、同橋本力造、同鐘ケ江浩蔵、同大原邦三、同池田肇、同北林克己 同東隆、同小田五郎、同佐々木五郎、同中西栄三郎、同浅田俊三、同五十嵐勇、同渋谷博、同福島敏雄、同井筒吉彦、同石井海市、同林田悠紀夫、同三島慶一、同長尾正、同笹森元一、同倉西清、同鹿野義一、同竹中治彦、同山川一三、同緒方正徳、同柳本清朝、同服部嘉雄、同宮野啓三、同木村小金吾、同鈴木慶三郎、同幕俊、同陸田清、同鎌倉武男の各証言を綜合考覈すれば当時労働攻勢が激しく一方昭和二十三年二月には司令部より在庫一掃の命令があり次て緊急の配給の連続であり資金回収を計画通り遂行するには農家並に小売業者の資金調達まで心配しなければならぬ状態にて公団職員は毎夜十一時十二時迄働くという有様にてこの場合何人がこの地位にありとするもかかる行動に出ることはやむを得なかつたものにて池田被告の措置はやむを得ざるに出でたる措置にして何等刑事上の責任なきものであります。

以上(イ)乃至(ヘ)の事実を看過し被告人池田通頼に対し有罪の認定を為したる原判決は明に判決に影響を及ぼすべき重大なる事実の誤認である。

弁護人牧瀬幸の控訴趣意

第一点原判決には、重大な法令適用の誤りがあり判決に影響を及ぼすことが明かである。

原判決の判示第二、は機密費、交際費が無許可の不当給与であり判示第三、は規定外給与が不当給与でありこの不法支出を業務上横領とする検察官の起訴に対する判断であつて、原判決は刑法第二百五十三条を適用して有罪としたのである。肥料配給公団令第十四条により、被告人は官吏その他の政府職員であり、官吏に関する一般法令に従うべく国家公務員法第二条第四項の規定により一般職を占める者であるから、同法の適用を受ける。

国家公務員法は昭和二十二年十月二十一日法律第百二十号として公布せられ附則第一条により一部の規定を除き昭和二十三年七月一日から全面的に施行せられた。而して本件行為は昭和二十三年八月三十日頃より昭和二十五年三月三十日頃までの間のことである。当初同法第二条第三項特別職の例示の中に第十二号「現業庁、公団、その他これに準ずるものの職員で法律又は人事委員会規則で指定するもの」との規定があつたが、肥料配給公団の役職員を特別職に指定する法律も存在せず、又人事委員会規則の指定もなかつた。この第二条第三項第十二号は、昭和二十三年十二月三日法律第二百二十二号により削除せられ同年十二月二十一日法律第二百五十八号「国家公務員法の一部を改正する法律」の第二条第三項特別職の例示に「第十四号人事院が指定する公団の職員」なる規定があり昭和二十四年二月十八日人事院規則一-五により独り食糧配給公団のみ指定せられその後他の指定がなく肥料配給公団の役職員は一般職に属し、国家公務員法の適用を受けた。国家公務員法第四節第六十三条乃至第七十条に給与に関する規定がありその第七十条に、若し給与の支払が法令、人事院規則、人事院指令に違反してなされた場合、人事院は適当な措置を為す外、会計検査院に報告し又は検察官に通報しなければならない。と規定せられて居る。

而して国家公務員法第百十条第一項第十一号、第十二号、第百十一条に不当給与に関する罰則が存在する。特別法は一般法に優先すること固より論なく、又国家公務員法第十一条第五項の特別規定がある。なお国家公務員法第百十条、第百十一条の規定は、昭和二十三年十二月三日の改正法律により新設右同日施行せられたが、同法の給与に関する規定は当初より存在し、又刑法第六条により右国家公務員法の罰条は適用せられる。

原判決が検察官の起訴罰条の誤りを踏襲し、国家公務員たる被告人に、適用すべき特別法即ち国家公務員法第百十条を無視して、一般法たる刑法第二百五十三条を適用したことは重大な法令適用の誤りであつて、判決に影響を及ぼすことが誠に明らかである。

第二点原判決には重大な事実誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明かである。

原判決は被告人が鈴鹿和三郎及び池田通頼と「……各時期を通じ共同して公団資金を保管占有してゐたのであるが……」理由第二及び第三の各金額を、右三名共謀の上、公団資金中から横領した旨事実認定をした。

肥料配給公団令並にその附属法規中、特別の規定がないから、公団資金の保管責任者は総裁である。而して「肥料公団事務委任規程」(証拠として提出)第二条に副総裁に対する委任事項が、又第六条に経理局長に対する委任事項が規定せられてある。即ち副総裁については、資金保管の該当事項がなく経理局長については総裁の委任に基く保管責任があるが共同保管ではない。公団資金の保管責任者たる総裁が資金の支出を命じた場合、受任者たる経理局長は委任者の意思に従わねばならない。而して肥料配給公団令第十四条により公団の役員及び職員は官吏その他の政府職員とせられ官吏に関する一般法令に従うものとせられる。従つて被告人には官吏服務規律第二条並に昭和二十三年七月一日以降、国家公務員法第九十八条第一項が適用される。公団の経理局長が上司であり所属長官である総裁に対してその命令を遵守し、命令に忠実に従い一方又責任者が委任者の意思に従うことは正当である。

命令服従の経過を捕えて直ちに共謀となすことは余りに過酷な独断である。若し業務上横領の共犯関係であるならば共犯者が公団資金を不法に領得する共同意思の下に一体となつて互に他人の行為を利用して、自己の意思を実行に移さねばならない。原判決はその理由第一(一)、(二)に於て何れも「……被告人鈴鹿の発議により……」と判示して鈴鹿総裁の命令の存在を肯定して居る。

而して原判決は、その理由第三の前段に於て「……昭和二十三年七月下旬……総裁に就任した被告人鈴鹿は総裁を最高責任者として理事であつた被告人古江及びその他の理事を以つて構成された理事会に諮り……」と判示し、弁護人の主張に対する判断二に於て「……その都度被告人鈴鹿を最高責任者とする理事会においてその支出操作及び処理方法については被告人古江及び同池田の意見を聴取した上本件各金員の支出が協議決定されたものであることが明らかである。……」と判示し又「……斯の如く公団資金を公団理事者等が理事会の決議を以つて擅に役職員に分配処分することは固より法の許さないところであり……」と判示した。即ち原判決は前段に於て理由第三の規定外給与支給の意思は鈴鹿総裁が理事会を諮問機関として自ら決定したものであると謂い、後段に於て理事会自体がその意思を決定したものであると判示して事実認定の矛盾のままその何れであるか不明を解かず而も被告人古江雄吉が経理局長たる地位に於て上司の命令を遵奉すること以外何故に当初来不法領得の共同意思の下に一体となつて、総裁又は理事会を利用したか事実認定をなさない。

「肥料公団定款」(証拠として提出)第十二条及び「肥料配給公団処務規定」(証拠として提出)第二条により公団の業務に関する重要事項は理事会の決議を経て行われ、理事会は総裁が招集する。原審公判廷に於て鈴鹿和三郎は判示第三の規定外給与支給の件はその都度すべて理事会に附議した旨供述し、規定外給与支給の意思が理事会に於て決定せられたことは疑のない処であり原判決理由後段の事実認定の通りである。而して鈴鹿総裁はこの理事会の決定した意思を人事部長、経理局長、支部長、支所長等関係役職員にそれぞれ必要な命令を下して執行したものである。(「肥料配給公団処務規程」第十八条、第三十条、第四十二条、第四十九条及び肥料配給公団機構団(証拠として提出)援用)

肥料配給公団に於て公団資金の保管責任者は総裁であり総裁の委任により経理局長もその責を負う処、総裁の命令により且委任者の意思に基く資金の支出は、固より横領の観念を容るべくもない。又公団業務の重要事項につき公団意思を決定する理事会の決議を総裁が執行するに当り関係下僚が所属長官たる総裁の命令を忠実に遵奉することは固より正当である。

原判決には重大な事実誤認がありその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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